グルルル・・・
(うぅ… おなかが痛いぃ… !!)
授業中、人知れずに己の腹痛と戦う少年が、ここにも1人いた。
彼の名前は芳樹(よしき)。 中学2年生。 成績も運動も、そこそこではあるが、飛びぬけて優れているというわけでもない、クラスでも中堅的なポジションにいる、ごくありふれた少年であった。

ギュルルル・・・
時間の経過とともに、腹痛の波が大きくなるように感じられる。
一体、授業中に、ウンチをしたくなるというイベントは、人生のうちに、何度訪れれば気が済むのであろうか。
漏らすか漏らさないかは、ある意味での人生のターニングポイントだ。
(いままで、わりと苦もなく学校生活を送ってきたんだ… ここで漏らすわけには・・・)芳樹は、自分に言いきかせ、時計に目をやる。
先ほどから、この作業を30秒おきにやっているような気もする。
しかし、時間というものが、すべての人間に平等に流れるというのは、果たして真実なのか、こういう時に限って、流れる刻が遅い。本当に遅い。
(あと、5分!!)
芳樹は、残りの時間を、精一杯、別のことを考えることに努める。
(あと、たかだか300秒間の辛抱じゃないか… なんなら300数えながら時間をつぶそうか? 1,2,3,4,5,…)
最初は地道に数えたが、20くらいからもう、頭の中が腸内に溜まった悪魔のせいで、グシャグシャになった。
本当にもう、肛門の筋肉を緩めたら出る状態だ。
一瞬でも気を抜けば、そこから、直腸ならびに大腸に溜まった物体が重力に逆らうことなく勢いよく、容赦なく飛び出してくるはずだ。
もはや、顔面からは血の気が引き、全身には鳥肌が立っている。
手の甲にまで鳥肌が立ってところなんて始めて見た。芳樹の体が、確実に危険信号を出しているという証拠であろう。
(でも… ここで漏らせば負けだ!! かといって、後5分で席を立ってトイレに行くなんて、周りのみんなにウンコ行きますと宣言するようなもんだ。)
あと5分。 この微妙な時間が芳樹を悩ませるところであった。
せっかくここまで耐えたのだから、最後まで自分自身と戦いたいという気持ちと、漏らす前にトイレに行けという気持ち。
少年の葛藤。
(いけるって…! 俺、そんなやわな人間じゃないって!)芳樹は、自分自身に暗示をかける。
(もし、この苦しみから無事に解放されたとき… 俺のレベルは8上がる…
がんばれ、俺… 気を抜けば死ぬぞ!!)
確かに、こんな経験は初めてではない。 そのたびに、後々になってあそこまで耐えれる人間は少ないと振り返るのだ。
(そう… 今までだってそうだったじゃないか… そうやって強くなってきたんじゃないか… )
早く終われと教師をにらみつける芳樹。普段は、こんな子ではない。ただ、いまは、反抗期とかそういうの抜きにして、早く終われという気持ちだけで、教師を内心、撲殺できる彼がいた。
あと3分。
腹痛の周期で、今までに2度ほど沈静期があった。 しかし、経験上、3度目の静まりは訪れない。
おそらく、それはすべての人に共通するルールだ。
ここで、芳樹に奇跡が起こった。
チャイムが鳴る前ではあったが、授業が終わってくれたのである。
(もしかしたら、今日はラッキーかもしれない!!)
先ほどまで、心の中でけちょんけちょんにしていた教師が一転して、神のようにさえ思えた。
最後、授業の締めである礼が終わると、芳樹は、誰よりも先に教室を飛び出した。
