とある中学校、2年3組の教室から、ドラマは動き始めた。

 ひときわ体の小さな少年、三村正人(みむらまさと)は、タタタッと廊下を駆け抜け、勢いよく教室に入ると、談笑する女子の中に割り込んでいった。

 「たのもーっ!!」開口一番に発せられた正人の言葉に、女子生徒たちは、口をポカンと開けた。

 正人の後を追うように、ほかの男子生徒たちも、ニヤニヤしながら、教室へと入ってきた。 男子たちは、正人のこの行動の真意について、すべてを理解している。

 「はぁ?なんやねんな?」女子の中でも、ひときわ活発で、男子でも軽く泣かせてしまうタイプの少女、米村梓(よねむらあずさ)が、眉間にしわを寄せながら、正人を見下ろし、尋ねた。

 正人と梓の身長差は、頭1つ分くらいの差があったが、つい1ヶ月前までは、もっともっと差があった。

 「米村梓! お前に決闘を申し込む!!」正人は、自信満々に言った。

 「はぁ?ホンキかいな!」梓が関西弁混じりに尋ねる。 その表情は、毒々しかった。

 「まさか、自分の弱さを忘れたわけやあれへんやろうな?」梓が、正人に顔を近づけながら尋ねた。 その態度は、明らかに、彼を舐めていた。

 だが、正人は挑発には動じず、自身ありげに答えた。

 「確かに、今までのボクでは梓に勝てなかったかもしれない。

 でも、今は違う! 成長期真っ只中なんだよねぇ!身長なんて、ここんとこ10センチも伸びちゃって〜・・・

 んで、コレを機に、もう男子が女子に負ける時代が終わることを、お前を倒すことで、全クラスに証明して見せるんだっ!!」

 正人が、そう断言した瞬間。 ギャラリーとして、見守っていた男子たちがいっせいにワーッと歓声を上げた。

 梓は、返す言葉に困った。

 なるほど、確かに学年で一番弱そうな正人が、喧嘩で梓に勝ることになれば、もはや、女子に負ける男子がいないことの証明にはなるであろう。

 正直なところ、梓もその身をもって感じていたところであった『もう男子には力でかなわない』と。

 それは、プライドが高く、負けん気の人一倍強い梓にとっては、実に深刻な問題であった。

 梓は、舌打ちをしてから、叫ぶように答えてやった。

 「やったるわ!! ボケェ!!」

 勢いに身を任せて答えてしまった部分もあったが、ここは女子勢力の代表として、絶対に負けるわけにはいかないと感じる梓。

 男子も男子で、これ以上女子に大盤振る舞いされるのも、我慢の限界で、そっちもそっちで深刻な問題を抱えていたのだ。

 この中学校は、全体的に見ても、女子の割合が多く。男尊女非ならぬ、女尊男非のシステムが浸透していた。

 男子はこのままではマズイ。 女子に、男というものがどんなにたくましいものなのかという証明を見せておかねば、もはや秩序も保てそうにない。

 そう考えた男子たちは、正人を戦闘の舞台に向かわせることを決めたのだ。

 正人は、もう何年も前から、梓にはひどい仕打ちを受けてきたし、用意されたステージの上では、容赦するつもりなんて微塵もなかった。

 売った喧嘩を、梓が買うような発言をした後。正人は、こういい残して、教室を出て行った。

 「後悔させてあげるよ? このボクを、さんざんいじめてきたことを!!」

 カッコいい決め台詞を言って教室を出て行ったものも、その10秒後に、チャイムが鳴り、正人はよそよそしく、再び教室へと戻った。

 少しかっこ悪かった。

 

 (おもろいやないけ? やったろうやん!!)

 梓は、正人をにらみつけながら思った。

 もしかしたら、本当に負けてしまうかも知れないとさえ、本気で思うも、あそこまで言われた矢先、ここで引き返すわけにも行かない。

 梓は、唇をかみ締め、本気で戦うことを胸に誓った。

 

 (絶対に勝つな!負ける気がしないもん!!)

 対照的に、正人は、余裕ともいえる表情で、梓を見つめてやった。

 本当に、ここのところ、パワーが全身を駆け回って、もしかしたら、かめはめ波さえも打てるのではなかろうかと、自分でも思うほどに、身体的な成長が顕著であった。

 まだ身長は、梓に追いついていないものも、ウチに眠る狼は、その目を覚まそうとしている。

 昨日、お風呂に父親と一緒に入っている時に、チン毛がわずかに生えていることを指摘され、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。

 自我の目覚め、そう言うのであろうか。

 とにかく、正人が絶好調であることに間違いはなかった。

 

 そして、決着を付ける場所が決められた。

 3日後の放課後。 体育館貸切にて、どちらかが倒れるまで殴り合いを続けるデスマッチにて決戦である。

 ただ醜い殴る蹴るの戦いを見てもつまらないために。試合の方法は、公式的なボクシングのルールに基づいた、ボクシング対決と決められた。

 この勝負の話は、全生徒中に広まった。

 多くの男子は正人を応援するスポンサーとしてバックにつき、また、多くの女子も梓のバックへと回った。

 誰かが、先生に告げ口をしないかと注意を払う者、自らが見張りを担当し、戦いを円滑に行い、かつ野暮な乱入を防ぐための取り決めを行う者、さまざまな役目を担う生徒が自働的に現れ、戦いを盛り上げるための努力が生徒たちの間で行われた。

 

 そして、待ちに待った、決戦の日を迎えた。

 男と女。

 そのプライドをかけたガチンコ対決が、今、始まろうとしている。

 

 

つづく