ガタンゴトンと揺れる電車は、今朝も多くの世代を乗せ、走る。

 さまざまな人間が詰め込まれた、その狭い箱の中には、今日も、人知れずに、ドラマが多く生まれる。

 小さなトラブル、小さな優しさ… たくさんの喜怒哀楽が詰められた人間劇場ともいえる空間、それが、満員電車の中である。

 

 町屋という中学2年の男子生徒は、今日も、同じポジションに、その身を構えた。

 割と、始発駅から近いところに家がある彼は、普段から、ある程度は、自由に位置を決めることが出来た。

 割と都会のこの町では、毎日の通学に、多くのストレスが付きまとう。

 町屋は、この通学に、慣れる事は無理であったが、もはや、心の中で、こんなもんだという諦めが出来ていた。

 毎日繰り返される、人間の詰め合わせ空間に立っていると、心まで、腐っていってしまいそうであった。

 うるさい人間や、傲慢な人間だけが、妙に目に付く。

 「ッチ!!」

 町屋は、誰に対してでもないが、満員電車の中で、舌打ちをした。

 せめて、この空間に友達でもいてくれたら、どれだけ楽なのだろうと思うのだが、同じ路線に乗る人間がいないため、彼の通う、中学校に着くまでは、ずっと1人で行動しなければならない定めであった。

 

 だが、この日は、なんだか、悪くはないと感じていた。

 なぜなら、目の前には、可愛い小学生が、ちょこんと立っていたからだ。

 中2にして、ショタコンに目覚め始めていた町屋にとっては、不幸中の幸いというか、荒野に咲いた花というか…

 とにかく、この小学生は、にごった電車内での彼の世界には、輝いて見えた。

 

 (オシリくらい触ってやろうか?)

 

 町屋は、人ごみに飲まれながらも、そんな妄想を抱いていた。

 実際、町屋自身も、満員電車の中で、痴漢まがいの行動をとられたことはあった。

 こうして、多くの人間が込み合った状態が続くと、人はあるとき、大衆心理にまぎれて、欲望に身を走らせるのである。

 『どさくさにまぎれて』言ってしまえば、痴漢なんて、そんな浅はかな考えで、行動を起こすのだ。

 今までだって、町屋は通学中に、痴漢現場を目撃したり、痴漢をされたり…

 だが、どちらにしても、共通していることがあった。

 ソレは、早くこの場から立ち去りたい。と思う気持ちだ。

 そう、町屋は、ある時、気が付いたのだ。

 痴漢される人間も、する人間も、悪いのは、この空間のせいだと考えること。

 痴漢される人間にとってみれば、悪いのは、絶対に、痴漢をする人間である。

 しかし、自分の経験を元に、考えてみると、たとえやられる立場の人間であっても、責任の方向性を、痴漢する人物でなく、この密閉空間に向けてしまう傾向にあるのだと、考え始めたのである。

 これは、あくまで彼の立てた仮説であって、人によっては、必ずしも、そうというわけではない。

 しかし、人生経験の、まだまだ浅い彼にとって、自分の打ち立てた、その結論がすべてであった。

 (やってやる…)

 町屋は、そう思い、静かに少年に近づき、彼の背後にぴたっとくっついた。

 はたから見れば、年の近い年齢層同士で近くに寄るという事に関してみれば、何の不信感も抱かない。

 小学生は、ドアにくっつくようにして立っていた。後ろに、町屋が近づいたことには、意識を払っていなかった様子である。

 彼もまた、そこにいる全員と同じく、速く空間から逃げ出したいという一心で、そこに立っているのだろう。

 (しかし、見ない顔だ。)町屋は、そう思った。

 1年間、決まって同じポイントを選んで、電車内に立っていると、大体乗ってくる顔ぶれも分かってくるものであった。 だが、今までで、通学中に、小学生を見たというのは、これが初めてであった。

 一期一会。

 町屋の脳裏には、その言葉が浮かんだのであろう。

 例え、顔を見られたところで、この小学生と会うのも、今日をもって最後のはず、だから、少し大胆なことをしても許されるのだという考えが、町屋を襲う。

 (お尻を触るくらいなら、問題にもならないはず!!)

 おそらく、電車内での、鮮度の悪い、にごった感じのする、むさくるしい空気が、町屋の脳を、一種のトランス状態に変えたのであろう。

 町屋は、特に罪悪感も、覚悟も固める決意さえもないままに、少年のお尻に向かい、手を伸ばしていた。

 「!!?」

 小学生は、声にならない声を上げ、町屋のほうを振り返った。

 町屋の思っていた通りに、物静かな性格そうな顔立ちであった。

 小学生は、見知らぬ中学生に、お尻を触られたことについて、いったんは、偶然であるという判断を、心の中でくだした。 あまり、面倒になるのは、彼もいやなのであろう。

 しかし、すぐに、偶然ではないことを悟った。

 今度は執拗に、下半身を触ってくるのである。 さすがに、これは、明らかな意識を持っての行為である。

 小学生が、声を上げないことに、味を覚えての行動だ。

 町屋の行動は、どんどんとエスカレートしていった。

 パンツの中に手を入れ、前へとその手を伸ばす。 そこには、やわらかくて温かい、無毛のおちんちんが、当然のごとく、町屋を待っていた。

 「いやっ!!」

 小学生が嫌がる声を発したところで、町屋はハッとして、慌てて、手を引っ込めた。

 やばいことをしてしまったと、今更に思うも、タイミングよく、そこで、町屋の降りる駅に到着した。

 

 そそくさとホームへと、逃げる町屋。

 振り返ると、小学生は、疲れたような顔をして、俯いていた。

 (これが… 痴漢ってやつか…)

 電車から降りて、冷静になると、あんな小学生ごときで、中2の自分が痴漢デビューしたということに、恥じらいを覚えた。

 しかし、後悔の念とともに、スリリングで良かったという感情にも、目覚めていた。

 

 「ふぅ・・・」

 町屋は、さまざまな邪念を振り払うかのように、息をついて、肌のほてりを冷ます外の空気に、たまった熱を逃がしながら、人ごみとともに、歩いていった。

 

 

つづく