黛 徹(まゆずみ とおる)は、いじめられっこタイプの少年であった。

 体も小さければ、度胸も小さい、そのため自信がないのか、声も小さく、しゃべっても何を言っているか聞き取れないくらいであった。

 黛は、小学校時代、いじめを受けていた。

それを、中学になると同時に回避するため、あまり良いとは言えない頭で、必死で勉強し、私立中学に、今年の春から通っていた。

 しかし、そんな黛の、希望を持ってのぞむべき、中学生活も、どうやら、から回りを見せ始めていた。

 

 (うぅ… おしっこ… したい…!)授業中、黛は、尿意に襲われ、震えていた。

 ちょっとした油断だ。先ほどの休み時間では、さほど、トイレに行きたいというわけでもなかった。

 ほんの少し、尿意を感じただけで、わざわざトイレに向かうまでもないと思っていたのだ。

 だが今は違う。 それが、猛烈な尿意へと進化し、膀胱を張り裂けんとするほどの、自己主張を始めている。

 (あぅぅ…)黛は、時計に目をやった。

 休み時間まで、あと10分。

 可もなく、不可もないように思える時間であった。

 

 (くぅぅ… 漏れちゃうよぉ…)おしっこのことを考えれば考えるほど、尿意は増してゆくようであった。

 せっかく、小学校時代の人がいない中学に入ることが出来たというのに、こんなところで、おしっこを漏らしてしまったのでは、その頃の、二の舞となってしまうことくらい、想像にたやすい。

 さすがに、漏らしてしまうくらいなら、授業の途中にでも、先生に言って、トイレに向かわせてもらうのが得策であるとは思うものも、臆病な黛は、どうしても、授業中、手を上げて、それを伝えることが出来なかった。

 おしっこなのに、みんなからウンチに行くと勘違いされるのも、嫌だった。

 また、何度となく、時計に目をやる。

 あと7分。

 (がんばれ… ボク!)黛は、自分自身に暗示をかけるかのように、心の中で、何度もそう繰り返した。

 

 あと5分。

 もうダメかもしれないと思い始めた。手がガクガクと震える。

 (ダメだ… だめ… )

 黛は、たまらずに、授業中、しくしくと泣き出してしまった。

 横の席の女子が、なんだか心配してくれるような表情で、黛のことを見ていた。

 どうせなら、自分が泣いていることを先生に伝えてほしいと願う黛。今、先生のほうから聞かれたら、迷わずに、トイレに行きたいと、声を張って言えるのに、と思った。

 まだ、漏らしたわけじゃない。

 ここまできて、隣の女の子に、すべての期待を込める黛。

 「どうしたの?黛君?」隣の女子が、声をかけてきてくれた。

 「おっ… おしっこ…  おしっこ!」黛は、少し挙動不審気味に、繰り返し言った。

 「あと、3分じゃない?がんばって!」

 隣の女子は、この言葉で、いとも簡単に、黛の期待を裏切って見せた。

 (うぇぇええんっ!!)

 君の思ってる以上に、事態は深刻なんだ。と、思わず叫びたかった黛であったが、実際には絶対に、そんな挑戦的なセリフは言えない彼。

 「・・・・」

 そして、ついに、その時が来た。

 (漏れ…  ちゃった… )

おしっこは、ぶかぶかの学生服から滴り落ち、ぴちょぴちょと静かな音を立てて、床に広がり始めた。

 「あぁ…  あぅ… 」とても小さな声で、小動物のような鳴き声を上げる黛。 おしっこは、とめどなく尿道から流れ出す。無力は彼は、その流れすら、止めることができなかった。

 「きゃぁ!!」先ほどの女子生徒が、それに気づき、思わず悲鳴をあげた。

 クラス中の視線が、黛へと注がれる。

 「うわっ!ションベン漏らしてるっ!!」

 クラスは大パニックへと陥り、もはや、授業どころではなかった。

 黛が、先ほどまで、最も聞きたかった授業終了を告げるチャイムが、今更になって、悲しく鳴り響く。

 だが、それも、後の祭り。

 漏らしてしまった黛にとって、このチャイムはレクイエムにもならなかった。

 

 

つづく