居酒屋で、仲のよかった男友達と2人にて飲む機会があったとき、友人は、私にとっても、いささか興味深い話を聞かせてくれた。

 友人も私も、40代という大台に差し掛かった、中年であるが、幼少時に育ってきた環境は、まったく違うものだ。

 私は、割と都会のほうで育ったお坊ちゃまだったが、友人は、かなりの地方出身者で、私からしたら、首を傾げてしまうような文化とかを、いままでにも多々聞かせてもらった覚えがある。

 私が、今回喰いついた話は、『紙芝居』というキーワードがからんでいた。

 昔は、空き地などに近所の子供たちが集まって、紙芝居屋(?)のおじさんの話を聞いたものだ。

 それについては、私にも、身に覚えのあるエピソードであり、そこから話題が弾んでいったのだった。

 

 

 最初は、たいした話でもないのに、酒の力もあってか、やたら笑っていたように覚えている。

 夏の気温がビールを口に運べと、催促しているようで、私は枝豆をつまみに、友人のその紙芝居についての話題を掘り下げて聞いてみることにしたのだ。

 友人は、もう肉のついていない焼き鳥の串を、指揮者のようにクルクルと回しながら、語り始めた。

 「それでな。俺が見た紙芝居屋ってのは、本当にビックリするようなものだったワケよ・・・!」

 「じれったいな。だから、どんなだよ?」もったいぶるような友人のしゃべりに、私は思わず彼をせかす。

 「あぁ・・・ あれは俺が11歳の夏の話だ・・・  」

 友人の口から語られる話が、私の脳内で風景として描き出されてゆく。

 

 夏の夕闇迫る、オレンジ色の哀愁漂う、懐かしい世界が浮かんだ。

 

 「アレ?ちょびひげはどうしたべ?」少年たちは、空き地にて、紙芝居屋のおじさんこと、通称“ちょびひげ”の到着を、今か今かと待ちわびていた。

 この前の話の続きが気になって仕方がなかったのだ。

 確か、前の話では、少年探偵が大泥棒と対決するシーンで終わったはず。今回の話を、聞き逃すことなど、一生の不覚だと思っていた。

 内容に対する期待感もあってか、その日は特別に、空き地に集まった子供の数は多かった。

 女の子は少なかったように覚えているが、それでも普段の倍の20人近い子供たちが、空き地へと集合していたんだ。

 「ごめんな、みんな!? 父ちゃんが風邪で倒れちまったんで、今回は、オラが代わりにやることになっただべ!!」俺たちの前に現れた、まだ中学生くらいの少年は、紙芝居の枠がセットされた自転車を手で押しながら、にっこりと笑って、空き地へと入ってきた。

 薄汚れたタンクトップには、いたるところに縫い直した後が見られ、何度も手洗いした証拠に、生地が伸びに伸びて、裾から薄ピンクの乳首が見え隠れしたいた。

 その時代特有のピチピチした短パンは本当にデリケートなゾーンしか隠していないような物だった。 そこから、なまめかしい生足がすらりと伸び、素足のままに履かれた古びたクツまで、肌が広い範囲で妙に色っぽく露出されていた。

 少し甘美的な雰囲気を漂わせながらも、その少年は少し伸びた坊主頭に、大きな瞳と、実に昭和の健康的な少年を思わせるものであった。

 純粋そうな顔立ちで、物腰の柔らかな感じといい、愛想がいいところといい、紙芝居屋のおじちゃんにそっくりだった。

 さすがは、親子といった印象を受けた。

 紙芝居少年は、紙芝居の続きを聞かせる前に、少し自分のことを語って聞かせた。

 「オラも、父ちゃんみたいな、日本一の紙芝居屋になりてぇと思ってる!

 まだまだ未熟者だし、人前で話すもの今日が初めてだけんども、みんな、どうか、ヨロシク聞いてやってくんろ!?」

 空き地にいたみんなは、話の続きが聞ければそれでいいと思ってたんだ。

 だから、みんないっせいにうなずいて、彼が話を聞かせてくれることを促した。

 

 「いい子・・・だな?」私は、友人の話す、紙芝居少年に対するイマジネーションを膨らませながら、呟いた。

 今の時代、いくら探してもいそうにないタイプの少年だ。

 「あぁ。今の子供は自分の父の仕事にあこがれるっての事態が稀になったしな。」友人も、同じ意見であった。

 私は、ポケットから煙草を取り出しながら、それにしても時代も人間も自分自身も変わったものだと、振り返ったりした。

 「それで?続けてくれ。」貧乏くさい100円ライターで火をつけようとしながら、私は友人に言った。

 しかし火がつかない。

 「あぁ。」

 友人は、自分のジッポライターで、私の煙草の先端をあぶると、灰皿に置いてあった吸いかけの煙草を口に運んでから、再び語り始めた。

 

 少年の口から語られる物語は、決して面白いものではなかった。

 そのシナリオ自体は、彼の父“ちょびひげ”が、本来その場で語っていたものと、そっくりそのまま同じものであったのだろうが、語り部が違うだけで、受ける印象は、まったく違うものであった。

 声の強弱、好奇心をくすぐるような演出、それら、見ている子供たちを楽しませるためのテクニックというものを微塵も感じさせなかったわけだ。

 空き地に集まった子供たちは、たちまちのうちに飽きてしまった。

 内容なんて、ぜんぜん頭に入ってこなかった。

 素直に、もう帰りたいとさえ感じたくらいだった。

 それは、そこにいた幼少時の俺だけではなかったようだ。

 そんな中、ついに1人の少年が口を開いたわけだ。

 「全然つまらないよ!!」と。

 実を言うと、この第一声を放った張本人は、今この場で話を聞かせている、俺自身であったりもする。

 

 「お前もだいぶ、やんちゃな時期があったようだな?いまじゃ、年下にも頭が上がっちゃないっていうのに!?」私は、彼に向かってそう言い放つと、あからさまな苦笑いを見せてくれた。

 友人は、コホンとせきごんでから、いじらしく言った。

 「どうする?これからがすごい話なのに?やめようか!?」

 まったく、いやな性格だ。

 私は、続きを聞かせろと頼み込むと、少しだけメンツを保ったかのような表情を見せながら、続けた。

 

 

つづく