「まだ頂上まではかなりありますね?コクマさま!
 時間がないので、わたしをここに置いて、走ってくださいませんか?」
 「疲れた?ミヒロ?」
 「いえ・・・その・・・」
 疲れたかという問いかけに対し、ミヒロはNOと答えた。
 しかし、魔力を身にまとっていない彼にとって、この天へと登るまで果てしなく続くように思える肉体破りの階段に、疲労の色をごまかしきれるわけがなかった。
 コクマは、ミヒロのその強がりを、自分に気を使うがための方便だとすぐに見破ると、その場に腰を下ろしてニッコリ笑いながら言った。
 「休憩にしよう!?ミヒロ!!」
 「しかし、コクマさま?風天神社の敷地の中でご来光を拝まないと、ご利益がありませんよ・・・?」
 ミヒロは、長い髪の毛のサイドをかき上げ、そう言った。
 疲れを悟らせないようにしているようだが、その肩では、大きく息をしている。
 正直なところ、休憩という言葉には、嬉しいものがあったに違いない。
 しかし、肉体的に休憩は嬉しかろうと、そうも言っていられない立場というものがあった。
 コクマの表情を伺いながら、ミヒロは続けた。
 「日の出まで、あと10分とありません!コクマさまの魔力を待ってすれば、それだけの時間で、残りの階段を駆け上がるくらい、可能なはずです! どうか、このわたしを置き去りにして、先を進んでください!!」
 「いやだっ!!」
 ミヒロの言葉をさえぎるように、コクマが大声を上げた。
 そして、すぐに、声のトーンを戻して、ニッコリ微笑みながら続ける。
 「ぼくはミヒロと一緒じゃないといやなんだ!」コクマは、そう言いながら、ポケットの中から取り出した、薬の錠剤のような感じのカプセルを地面に投げつけた。
 ポンッ!!とかわいらしい音とともに、煙が上がる。
 煙が消えると、そこには、くつろぎのためのお茶セットが並んでいた。
 旅人の荷物を最小限に抑えるためにと、超ハイテク技術によって考案されたカプセルであり、値段の張る高級なカプセルなら旅客機ほどの大きさのものでも手のひらサイズへと変えてしまう便利アイテムだ。
 「ミヒロ!?お茶入れてよ! のんびりしよう?」
 「し、しかしっ!」もはや、休憩モードに入りかけているコクマの向かい、珍しく声を荒げるミヒロ。
 そもそも、彼らがこの気の遠くなるほどの階段を上り、風天神社を目指している理由は、風天神社でご来光を見物すると、魔力が上がるという迷信が古くからあるためであった。
 ご来光、つまり、日の出までは、もう目と鼻の先にまで迫っていた。
 さすがに、そこまで追い詰められれば、ミヒロも諦めるしかなかった。
 ミヒロは内心、自分に気を使って、いつもいつもチャンスを逃しているコクマに、申し訳ない気持ちでいっぱいであった。
 だが、なにせ、コクマはミヒロと常に行動をともにしたがるため、足手まといと分かっていながらも、いつも黙って自責の念に駆られるしかないミヒロなのであった。
 「大丈夫!あと24時間で階段登りきればいいって話だからっ!!」
 コクマは、褐色の肌から、真っ白い歯を覗かせて二カッと笑った。
 ミヒロは、それを見て微笑み返しながら、お茶の準備をするしかなかった。
 ミヒロは、やさしすぎるコクマに、いつだって自分の無力さを責めながら、笑いを作っていた。 


 シートを広げ、そこに2人腰を並べるように座り、今まで登ってきた階段を振り返ってみると、めまいがするほどの高さにまでなっていた。
 常に魔力を身にまとっている魔法使いのコクマにとって、体力の維持は簡単なことであったが、生身のミヒロにはこの階段により、蓄積されていった疲労が心身を蝕んでいたようである。
 ミヒロは、崩れるように、ため息をついた。
 それに気を使うよう、コクマがミヒロに回復魔法をかけながら、景色を見渡し話しかけた。
 「それにしても、きれいな湖だよねぇ〜?」目の前に広がる、ピンク色をした湖は、遥かかなたまで続いて見える。
 ミヒロは石の階段に背中をもたれながら、目を輝かせるコクマに説明した。
 「ピンクレイク。水中に生息するプランクトンの影響で、湖全体が淡い桜色に見えるんですって・・・!?
 この地帯には、フラミンゴドラゴンの産卵場が多く見られ、観光地化計画も近年進んでいるらしいです。」
 「相変わらず、物知りだね!?」
 「そりゃそうですよ!もともとわたしは、コクマさまの身の回りの生活保護かつ家庭教師として、雇っていただいたわけですから!!
 魔法使いたるもの、幅広い知識が必要とされます・・・」
 「それだけじゃないじゃん!」
 コクマが、あわてたように言葉を挟んだ。
 「そもそも、ミヒロだって優秀な魔法使いだったじゃない!?」
 そう言われ、一瞬、ミヒロの表情が曇った。
 あわてて、目の前を羽ばたくフラミンゴドラゴンに話題をすり替えようとするも、コクマが顔をしかめて、その話題をはじいた。
 「・・・確かに、そんな時期もありましたね・・・ 」仕方ないといった表情で、ミヒロは、ボソリと呟くように答えた。
 「何で返事小さいんだよっ!?ぼくはミヒロのために冒険してるんだからなっ!?」ミヒロのネガティブなリアクションに思わず、声を荒げるコクマ。

 思い返せば、今から半年ほど前まではミヒロも、コクマ以上の魔力を持った、有能な魔法使いであったのだ。

 そもそも、魔法使いはこの世界ではかなり優遇される存在である。

 公共料金が無料になったり、ホテルに無料で泊まれるようになったりと、その身分で受けれるサービスは、星の数ほど多い。

 魔法使いは、1万人に1人生まれるほどの、一握りの存在でしかないのだが、この世界においては、たった1人だけでも有意義とされる存在なのであった。

 コクマは先祖代々、魔法使いが必ず生まれるという特殊な血筋をもつ家庭に生まれた魔法使いゆえに、かなり裕福な環境で育ってきた。

 そして、低い階級の出身者でありながらも、魔力にはたいそうな手腕を持っていたミヒロは、コクマの専属教師として、雇われることになったのだ。

 そんな事情で2人は出会った。

 コクマとミヒロには、絶対的な身分の差があり、はたから見れば上下関係は歴然であったが、2人はそれを超えた友情というものを持っているのだ。

 2人は、友達とも兄弟とも言いがたい主従関係を保ちながら、修行や勉学に明け暮れ、着実に魔力を高めていった。

 だが、幸せな時間が長く続くわけでもなかった。

 そう、それは半年前・・・。 コクマ10歳、ミヒロ14歳のある日のことだった。

 2人は、山奥での修行中、魔法使い狩りを称する、魔女に襲い掛かられ、危うく命を落としそうになる。

 しかし、ミヒロはコクマを強引に気絶させ、無事に逃がすことに成功した。

 その代わりに、ミヒロは魔女に魔法を使うことを封印されたのだった。

 それだけなら、まだ幸せだったのかもしれない。

 さらに魔女は、美少年であるミヒロの美しさに嫉妬をし、こんな呪いをかけていった。

 “布を身にまとうことの許されない呪い”

 この呪いにより、ミヒロは服を着ることを許されなくなった。

 世界中のどんな素材でできた服でも、ミヒロが身に着けようものなら、すぐにその場で消滅してしまうのだ。

 身にまとうだけでなく、5秒以上触れていようものなら、タオルであろうとカーテンであろうと消滅してしまった。

 人の着ている服であろうが、ミヒロが触れていることは許されなかった。

 厄介なことに、鋼鉄や木材で鎧のように裸体を隠そうとも、それですらその場で消滅してしまうという、実に強力な呪いであったのだ。

 ゆえ、その日以来、ミヒロは、糸くず一本たりとも、まともに身に着けたことなどないのである。それどころか、柔らかいベッドに身を包むことも叶わぬ願いであった。

 ミヒロにとっては、これ以上の生き地獄はなかった。

 一生全裸のまま過ごさなくてはならないという不安に、1月で5キロも痩せた。

 円形脱毛症もできていた。

 涙を流さない日なんてなかった。

 そんなミヒロを救うべく、立ち上がったのが、彼の主人であり、魔法の教え子であり、親友でもあるコクマというわけだ。

 2人は、どんなやっかいな呪いでも解いてくれるという仙人と出会うために、冒険へと踏み出した。

 当然、冒険を嫌がり、渋るミヒロであったが、とうとうコクマの熱意に負け、全裸のまま、世界中を歩き回るような過酷な旅へと踏み切ったのである。

 しかし、その時、ミヒロは条件を出した。

 「コクマさまの魔法で、どうかわたしの羞恥心と自我の心を押さえつけてください。」と。

 コクマは、素直にそれに応じ、ミヒロの心に魔法をかけた。

 そうして、今の2人がいるわけだ。

 

 

 ミヒロに回復魔法を注ぎながら、コクマは、彼の裸体に目をやった。

 少女のような顔立ちに似合った、しなやかで妖美な肉体。肌の白さが、やけにまぶしく感じられる。

 14歳でも、ミヒロに性器には、まだ1本も毛が生えていなかった。

 通行人は、振り返り、ミヒロのことをからかう。

 そんな時コクマは、ミヒロの心を抑える魔法に気を払いつつも、通行人に向かい、自分が魔法使いであることを誇示するために、手のひらから黒い炎を出して見せるのであった。

 それを見た通行人は、たいてい黙り込むか、その場で土下座をして謝る。

 魔法使いが優遇される世界だからこそ、ミヒロの裸が許さるわけだ。

 ミヒロより4歳年下で、やっと2桁にまで年齢がいった程度の幼いコクマにとっても、それは想像を絶する、過酷な旅であった。

 しかし、コクマはミヒロの気持ちを少しでも理解するために、どんな場所でも裸足でい続けるという試練を自分に課していた。

 そんな気遣いもミヒロの心を追いやっているという事実には、気がついていないようだが、とにかく、コクマは優しい心を持ち続ける、純粋な少年であった。

 「ミヒロ・・・ぼくが絶対にミヒロを幸せにして見せるよ!」

 ミヒロの裸体から目をそらし、コクマが自分に言い聞かせるように呟いた。

 それを聞いて、ミヒロは、身を起き上がらせてニッコリと笑って、答えた。

 「わたしは、コクマさまと一緒にいられるこの時間が、人生で一番に幸せでございますよ!?」

 心を抑える魔法の影響かどうかが、いまいち分からなかったためか、コクマはミヒロの返事に対して、ポカンと口をあけ、首を傾けるのであった。

 

 

つづく