夕闇迫る荒野に2人、今日もよく動き回ったと、枯れ枝に火をつけ、暖を取りながらくつろぐ。
少し肌寒いが、心地よさを感じる気温であった。
あたりには、すっかりと黄ばんでしまった、本来では乳白色のキノコ岩が、ちらほらとたたずんでいる。
通り過ぎてゆく風には、独特の香ばしさを思わせる香りが混じっていた。
荒野といえども、今夜ばかしは2人とも、野宿を前向きに考えていけるような環境だった。
ミヒロはカプセルから、数種類の缶詰を取り出しながら、コクマに尋ねる。
「最近、肉を食べてませんから、今夜は贅沢にクレイジーチキンのトマトソース煮ってのは、いかがでしょうか?」
コクマは、水筒の健康茶をすすりながら、少しとぼけた感じで答えた。
「ミヒロの作る料理なら何でも食べちゃうけどね〜♪」
それを聞いて、はにかむミヒロ。
「なに笑ってんの?」コクマは、興味あるともないともつかない表情で尋ねながら、身に着けていたマントと上着を脱いだ。
普段から着込んでいるために、汗で湿っていて、気持ち悪いのだという。
常に全裸を強制されているミヒロには、うらやましい悩みであろうが、コクマは、そうゆうところには、なかなか気づくことがない。
というか、いちいち衣類のことで話題を持ち上げても、ミヒロの心を傷付けるだけだと理解しているのかもしれない。
だからこの日も、コクマはごく当たり前のように、自分から衣服を脱いだ。
コクマの世話係でもあるミヒロは、彼の服を洗濯することだけは、どうあがいても出来ないので、コクマが何日も同じ服を着ていることなんて、珍しいことではなかった。
たまに、一族の名が汚れるとマズイからと、自分の意思で服を変えたり、川で洗濯したりするのだが、そのときには、たいがい、なかなかの汗臭さとなっていた。
彼らが国に戻れば、コクマがそんなボロ雑巾のような服を着ているということ事態、奇跡である。
コクマは、服装に関心があるともないとも取れるような感じで、岩の側面から突き出た枯れ木にマントを引っ掛けて、うんうんと頷いた。
ミヒロが料理を作っている最中、コクマは大きな岩山にピョンピョンと跳びはねるように登り、沈んでゆく夕日を見ながら、両手を腰に組んだ。
その身体能力ときたら、まるで野生の獣のようだ。
料理を作りつつも、ふと下からコクマを見上げたミヒロ。
ミヒロは、夕日に映える、コクマの勇敢な姿に、しばし見入ってしまう。

彼の背後に浮かぶ、ヨーグルトにブルーベリーソースをたらしたような色の惑星が、コクマの神々しさをより引き立てて見せているようであった。
コクマは、幼いなりにも黄昏を感じているような表情で、サンセットをじっと眺めていた。
しばらくして、ミヒロは手元のフライパンで鶏肉が焦げるにおいに気付き、あわててコクマから、目をそらした。
ミヒロが自分のことを見ていたことを、知ってか知らずか、コクマは夕日を眺めたまま、語り始めた。
「ぼくはね?ミヒロに呪いをかけた魔女を絶対に許さない!」
その言葉を聴き、ミヒロは料理そっちのけでコクマを見上げ、声を大にして叫んだ。
「コクマさまっ!これだけはいつもわたしが口をすっぱくして言い続けていることですっ!!
あの魔女の強さは異常ですっ!!対峙しようなどと、お考えにならないでくださいませっ!?」
「・・・」
「わたしは、これ以上、あの魔女によって悲しい思いをしたくないのですっ!」
ミヒロは、いつも例の魔女の話となると、声を荒げて、近寄ろうなど思うなと、コクマを論すのであった。
しかし、この日だけは、コクマも言い返す。
「いつも感じていたが・・・ おまえは、ぼくを侮辱しているのか!?」
少しトゲのある声のトーンに、ミヒロは思わずビクッとした。
コクマの体を流れる、誇り高き魔法使い一族の血が、ついにこの忠告に対して難色を示したのだ。
コクマがミヒロのことを“おまえ”というのは、いつだってそんな時である。
「今すぐ戦おうなんて思ってないさ!おまえの呪いを解いたあと、十分修行を積んで、挑むつもりだっ!!
戦う前から逃げ腰なんて、愚かの極み・・・。そんな生き方を選ぶなら、ぼくは魔法使いなんて止めて、普通の子供として生きていくよ…
その方が100倍マシだからね!」
一族の誇りを背負った語り口には、冷静さと気品高さを感じる。
とても、10歳の少年の口から出る言葉とは思えなかった。
「・・・」ミヒロは、さすがにこれ以上、何も言い返すことはできなかった。
しかし、彼の本心は揺るがない。
(コクマさまは、理解されていない… あの魔女がどれほどの魔力を秘めていたかを…
いくら努力したって、勝てっこないんだ… )
ミヒロは、しばらく考え込んだ後、いくら考えたって仕方ないことも在ると、自分に言い聞かせる。
そして、お腹を空かせているであろうコクマに対し、にっこりと笑って言った。
「コクマさま!?ゴハン… 食べましょう?」
「… うんっ!!」
しばしの間を空けて、空腹にやっと気がついたのか、コクマは本来の元気少年らしい声で、返事をした。
パチ…
火をくべていた薪木が、静かな音をもって、完全に燃え尽きたころには、コクマは完全に眠り込んでいた。
そのかわいらしい寝顔を見ながら、5秒以上触れないことだけに、細心の注意を払い、ミヒロは、彼の肩まで毛布をかけてあげた。
「… ふふっ。」ミヒロは、優しい目をして微笑んだ。
(コクマさまの気持ちは嬉しい… わたしの仇を討たんと、魔女に挑もうとしておられる…。
たくましくなられた…。 最初は、魔力のコントロールもまともにできなかったような少年が、ここ最近のうちに、メキメキとその実力を伸ばしておられる…。)
ミヒロは、先ほど言われた言葉を、頭の中で反芻した。
(“ぼくを侮辱しているのか?”)
何度でも、思い出してみる。
あの言葉は、鮮明に心に残った。
(わたしは、コクマさまを侮辱するつもりは微塵もない… ただ…)
ミヒロの脳裏に、魔女と戦ったあのときの光景が、映し出されてゆく。
「くっ!!」
魔女に対し、自分の魔力をもってしても、何一つとしてダメージを与えることができないことを、たった1発の攻撃で悟ったミヒロ。
ガクガク震えるヒザを、無理やり持ち上げるようにして、魔女を睨み付ける。
正直、怖くて仕方がなかった。
「おや?頭のいい子だねぇ?ワシに勝てないことを、もう悟ったかな?」
魔女は、ミヒロの心の声を、完全に読み取っていた。
レベルの高い魔法使いが、ある時点を過ぎるころに習得するという読心術だ。
こうも、出足をくじかれては、攻撃どころではない。
コクマも、怯えはあったようだが、必死で魔女に攻撃を挑もうとしていた。
ミヒロは、この時点で、いくら2人してかかっても勝ち目がないことぐらい、分かっていた。
そして、彼の中で下した結論は、自分の命と引き換えに、コクマの身を守ることであった。
「おやおや?頼もしいお兄ちゃんだねぇ!?」2人の心を同時に、かつ、完全に読み取っていた魔女は、コクマに対して、たしなめるような口調で言った。
「何のことだっ!?」魔女が、自分たちの心を読んでいると気付いていないコクマは、怒りと恐怖に顔色を染めながら、大声で叫んでいた。
「坊やは本気で戦えばワシに勝てると思っとるね〜?」
「当たり前だっ!キサっ・・・」
ドサッ
コクマは、喋っている途中で、突然地面に倒れこんだ。
ミヒロの手刀が、音もなくコクマの後頭部を強打したのである。
(はぁ… はぁ… お許しください… )
ミヒロは、心の中で呟き、コクマに水中でも呼吸ができる魔法をかけると、右手方向で轟々と音を立てて流れる激流に向かい、彼の体を放り投げた。
バシャンと濁流に飲み込まれるコクマを見届け、ミヒロは、魔女に向かって叫んだ。
「さぁ、お子様は消えた… 本気の戦いをしようか!?」
「ククク… ステキな強がり屋さん!?」
「ぐぁぁあああっ!!!!」
「ほほほっ♪いい声で鳴いてくれよるわいっ!!」
「ぐがぅ…!」魔女の目には見えない、不思議なプレッシャーだけで、烈しい吐血に見舞われるミヒロ。
戦いは、滑稽なほどに一方的であった。
結局、終始ミヒロは、攻撃どころか魔女に触れることさえも出来なかった。
こうして、ミヒロが醜態を晒しながらも、生きながらえているのは、魔女のちょっとした遊び心に救われたとしか、説明のつけようがない。
「勝てっこが… ないんだ… 」
ミヒロは、過去を振り返り、悩ましげに頭を押さえた。
「ミヒロ… 」
弱気な本音の発言と同時に、コクマのとぼけたような寝言が聞こえ、思わずビクッと硬直してしまうミヒロ。
「なんだ… 寝言か… 。」あごの汗をぬぐい、彼の寝顔を再び拝見する。
やはり、君主であるコクマが、かわいく思えて仕方がない。
「ミヒロ… 好き… 」
「・・・」コクマの寝言に、思わず息を呑んでしまった。
(コ… コクマさま… 嬉しゅうございます。
ミヒロも、コクマさまのことが大好きでございます。)寝言とはいえ、なんだか、涙さえ出てくるミヒロであった。
願いがかなうのならば、今すぐにでもコクマに抱きつきたいと思うのであったが、それもそうはいかないこと。
歯痒ささえ覚える。
(抱きしめたい… ミヒロは… コクマさまを抱きしめとうございます…。)
目じりに、涙をうかべながら、ミヒロは立ち上がり、コクマから離れていった。
涼しい風が、ミヒロの髪をなびかせる。
「・・・」
ミヒロは、寝ているコクマから、だいぶ距離を置いたところで、岩の陰に、身を隠すようにして、座り込んだ。
(もう… 限界でございます… コクマさま、申し訳ありません・・・
わたしは… ミヒロは…己が主に対して、発情してしまうような、愚かしきしもべでございます…)
心の中で、詫びを入れてから、ミヒロは、常にさらけ出されている自分の性器に手をかけた。
「… んっ… っく…!」
満天の星空の元では、ミヒロの小さな喘ぎ声など、取るに足りない音であった。
静寂に飲み込まれるかのような、淡い声。
ミヒロは、一心不乱に性器をこすり続けた。
終始、頭の中で想像していることは、コクマの笑顔であったという。

東の空にうっすらと日が昇り始めた。
朝が来たのだ。
「おはよう!!ミヒロ!」珍しく先に起きたコクマが、傍らで寝息を立てるミヒロの体をゆする。
「おっ、おはようございます…。コクマさま…」
「どうしたの?あんまり寝られなかったの?元気ないね?」
君主に対する劣情により、昨夜も自慰行為に及んだという罪悪感がミヒロにはあった。
だが、こうして朝を迎えると、コクマは当たり前のように、自分に優しく接してくれる。
それがあったからこそ、この日もミヒロは、罪悪感と眠気を弾き飛ばして、またいつものように明るい自分を取り戻すことができた。
「おはようございます!!コクマさまっ!!」
「ん?それさっき言ったよ?」
コクマは、けらけら笑いながら、ミヒロに早く目を冷まして朝ごはんを作ってくれと、催促するのであった。
